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リンは・・実は  オスでした。もうびっくり!!

リンが家族の一員になって、早、1っカ月を過ぎ、リンも家に、慣れだしてきてますが・・

動きが、激しい 激しい 玉の取り方も、激しい激しい

エリはそうでもなかったのになあ〜と、不思議に思ってましたが・・

先日、ちょこっと、下のほうを見てみたら、あれっ???

 

うん? なにか、突起したものが出ている。うん? 

そう。実はチン○○でした。飼い始めたころは、金○○もチン○○も、小さすぎて、気づかづ、勝手に メスだと思い込んでいたのです。

道理で、動きが激しいはずです。でもまあ、 最近は リン と呼べば反応するし、名前は変えないでおこうと思います。

しかも、6カ月目には去勢するし・・おねえの猫になるわけだから。

 

エリの生まれ変わり??オスだけどそういうことで・・丸く収まってチロリアン。

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author:アットマーク不動産, category:-, 17:14
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新しい家族 子猫の リン

29.11.8 

20年ほど生きていた 猫のエリが、去年永眠したときに、家内Y子も私も、悲しくて悲しくて、二度と動物は飼わないと、言ってたのですが・・先日ウォーキングの途中、畑で、1っ匹の雌の子猫(生後1っかげつぐらいかな)。これが、エリに似てる。しかも、目と目が合い、 私を拾ってね の目攻撃・・その場はふりきって、50mほど歩きましたが、家内Y子、後髪がひかれるとのこと・・・

もう一度行ってみて、まだそこにいて、よってきたら、飼おうね ということになり、結局、待っていたかどうかは、知りませんが、案の定。こうなると、運命を感じ、家族の一員にいたしました。名前は リン と名付けました。

 

PS リンと会うまでは、絶対動物は飼わない飼わないと、言ってたのは、どちらかというと、家内のほうでしたが・・しかしながら、この子猫に後ろ髪惹かれ、多分飼うよ  のオーラを発したのは、実は、家内Y子のほうです。


 

 

 

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生前の エリ・・

 

 

 

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29.10.4 糸島までツーリング

家内Y子と糸島までツーリング 

 

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author:アットマーク不動産, category:-, 14:04
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ベンチャーズ 29.8.30

久々にベンチャーズ コンサートに行ってきました。しかも、K太郎も一緒に・・

ベンチャーズといえば、青春のBGM・・いろんな思い出がありますね。

今でも、海に行くときは必ずと言っていいほど、ベンチャーズを聞いてます。

私がこの時期いつも聞いているので、K太郎もベンチャーズ大好きになったようです。良いね〜IMG_3634.JPG

 


 

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メンバー[編集]

1999年以降、1月と夏の2回来日するようになったが(1月はノーキー、夏はジェリーがリードギターを担当)、近年は夏全国横断ツアーのみである。

2005年1月公演より、ボブ・ボーグルに代わり、ボブ・スポルディングがベースを務めている。そして2016年より、ドン・ウィルソンに代わりボブ・スポルディングがリズムギター、ボブ・スポルディングに代わりスポルディングの息子のイアン・スポルディングがベースを務めている。

デビュー時は、リードギターとリズムギターのデュオであったが、スカウトによりベース、ドラムスが正式に加わり、このバンドの基本である4人編成となった。 レコード製作では無名のスタジオミュージシャンが多数加わり、例えば「テルスター」ではエレクトーンが主要メロディーを取り、「十番街の殺人」はアルト・サックスにエフェクト・ペダルレスリー・スピーカーを介してシンセサイザー風に加工した音色を加えたり、曲によっては女声コーラスを導入したり、ブラスセクションやオーケストラを起用するなど、これらをサウンド面の主要アクセントにした。さらにはギターよりキーボード(立派な物ではなく安価な電子オルガンなどが使われていた)をリードパートに多用した曲が多く、その後正式にキーボーディストをメンバーとして加え5人編成となった時期もある(5人体制時期は1968年から1972年前半及び1974年から1976年である)。ステージ上ではリードギターとベースが途中で交代する場面もある(最初期の演奏ではボブ・ボーグルだけでなくドン・ウィルソンがリードギターを担当するなど、現在と比べて演奏面やサウンド面も大きく異なっている)。

  • ドン・ウィルソン(Don Wilson 1933年2月10日 - ):ワシントン州タコマ出身。リズムギター(結成メンバー)。ベンチャーズのリーダーである。2015年来日を最後にツアー参加を引退(後述)
  • ノーキー・エドワーズ(Nokie Edwards 1935年5月9日 - ):オクラホマ州ラホマ出身。2代目リードギター、初代ベース。「ウォーク・ドント・ラン」などのレコーディングにベースで参加していたが、後にギタリストに転向。1968年に一度脱退するが1972年に復帰し、その後、1984年まで活躍する。その後再度脱退しソロ活動のみを行っていた時期もあったが、1999年以降、レコーディングや毎年1月の日本公演などに、リード・ギター(ベンチャーズ・オリジナルメンバー)として参加し続けている。夏の日本公演ではベンチャーズと行動を別にしており、冬の公演に参加してもスペシャルゲストとして紹介されているが、公式ホームページではメンバーとして掲載されている。ドン・ウィルソンに続き、2016年来日を最後にツアー参加を引退(後述)
  • ジェリー・マギー(Gerry McGee 1937年11月17日 - ):ルイジアナ州ユーニス出身。3代目リードギター、3代目ベース。ノーキーの後任として1968年に加入するが、1972年に一度脱退。その後、1980年代前半に復帰し、一時期はステージでノーキーと交代でリードギターとベースを演奏していたこともある。夏の日本公演でリードギターを担当しており、ベンチャーズのメンバーとしての来日回数はノーキーよりも多い。2013年からはノーキーに代わり冬のツアーにも参加[1]
  • リオン・テイラー(Leon Taylor 1955年9月23日 - ):テネシー州ジョンソンシティ出身。5代目ドラム。父親であるメル(後述)が急逝した1996年中野サンプラザにおける9月16日のメル・テイラー追悼公演で後任として紹介され、数曲披露。以降、正式にメンバーとなる。ちなみに、メルが他界した後、96年のツアーでのメインドラムは、元ナック(「マイ・シャローナ」)のメンバー、ブルース・ゲイリーが急遽務めた。後に二人ともメル・テイラー追悼アルバム「ワイルド・アゲインII」に参加している。
  • ボブ・スポルディング(Bob Spalding 1947年2月10日 - ):カリフォルニア州サンバーナーディーノ出身。2代目リズムギター。4代目ベース、4代目リードギター、1981年よりスタジオ録音に参加していたことから(そのため加入年も1981年として扱われている)、2005年1月の日本公演以降、腰痛が悪化し来日が困難となったボブ・ボーグルの代役としてツアーに参加、ボーグルの死後は正式メンバーとなる。スタジオ録音ではリードギターの他リズムギターを担当するケースもある。メル・テイラーがベンチャーズを一時離れていた頃結成したメル・テイラー&ザ・ダイナミックスではリズムギターを担当していた。1973年には来日もしている。作曲のほかアレンジなどでも現在のベンチャーズに多大な貢献をしており、"5人目のベンチャーズ"と呼ばれている。
  • イアン・スポルディング(Ian Spalding 1973年8月15日 - ):カリフォルニア州出身。5代目ベース。ボブ・スポルディングの息子である。父の影響で9歳からギターを始め、高校時代にはバンド活動を行い、2枚のアルバムをリリースしている。2007年からベンチャーズと活動を共にし、レコーディングではリズムギター、ベース、キーボードを担当している。2015年を最後に日本ツアーから脱退したドン・ウィルソンに代わり、ツアーメンバーとして来日している。

旧メンバー

  • ボブ・ボーグル(Bob Bogle 1934年1月16日 - 2009年6月14日):オクラホマ州ワグナー出身。2代目ベース、初代リードギター(結成メンバー)。2005年以降、腰痛療養のため日本ツアーには不参加(ただしレコーディングだけは参加していた)。発病から12年に渡る闘病生活の末、2009年に非ホジキンリンパ腫のため75歳で死去。
  • メル・テイラー(Mel Taylor 1933年9月24日 - 1996年8月11日):ニューヨーク州ブルックリン出身。3代目ドラマーで、リオンの父である。1972年にソロ活動(メル・テイラー&ザ・ダイナミックス結成)のため脱退したが、1978年後半頃再加入した。1996年日本公演中に体調が悪化、検査の結果肺癌が発覚し緊急帰国、しかし帰国から僅か10日後に死去する。享年62歳。
  • ジョージ・バビット(George T. Babbitt, Jr. 1942年6月22日 - ):ワシントン州ブレマートン出身。初代ドラマー。未成年であったため、クラブなどでの活動が出来ずに退団。その後、米空軍の将軍になる。1998年3月1日には米空軍バンド英語版とともに、結成以来約40年ぶりにベンチャーズと再び共演した。
  • ホーウィー・ジョンソン(Howie Johnson 1935年 - 1989年):2代目ドラマー。交通事故に遭い後遺症が残ったことからツアーへの参加が難しくなったため1962年に退団。その後は音楽ビジネスから身を退いていたが、1989年死去。
  • ジョー・バリル(Joe Barile 本名バリル・ギオパン・デュセッペ。1947年7月 - ):イタリア出身、幼少期にアメリカへ移住。シャンゴ[Shango]というバンドで活動した後、4代目ドラマーとして1973年から1978年来日ツアー終了まで在籍。その1978年来日ツアー中にコカイン使用が発覚、逮捕される(ただし不起訴処分となる)。このためイメージ悪化を避けたかったメンバーは彼を解雇。その後は表立った音楽活動からは遠ざかっていたが、1991年にリリースしたベンチャーズのCDアルバム『ふたりの海岸物語(play SEASIDE STORY)』収録曲「ウェイクアップ・ドリーム」などにパーカッションで参加しており、以後も時々レコーディングに参加している。
  • ジョン・ダリル(John Durrill 1941年8月2日 - ):テキサス州ヒューストン出身。もとファイヴ・アメリカンズのメンバーだった。初代キーボディスト、サンディ・リーの後任として1969年から1972年まで在籍。1973年、メル・テイラー&ザ・ダイナミックスへの参加を経て、その後作曲家へ転向。2008年の「ロックの殿堂」授賞式に、不参加だったジェリー・マギーの代理として久々にベンチャーズと合流した。
  • ビフ・ビンセント(Bif Vincent):4代目キーボード奏者として1975年から1976年まで在籍。離脱後はスタジオミュージシャン、編曲家、レコーディングエンジニアなどで活躍。その後もベンチャーズと交流があり、ビフが経営するレコーディング・スタジオでベンチャーズはレコーディングなどを行っている。
  • デイヴ・カー(Dave Carr 1943年8月4日 - 2011年7月14日):イギリスロンドン出身、もとザ・フォーチュンズのキーボーディスト。3代目キーボード奏者として1972年から1974年迄参加し、1974年にはメンバーとして来日。その後も作曲家、編曲家、プロデューサーとして活躍する一方ベンチャーズとの交流は続き、レコーディングにも度々参加していたが、2011年に心臓発作によって死去。
  • サンディ・リー(Sandy Lee 生没年不詳):ジェリー・マギーと共に1968年から参加した初の女性メンバーで初代キーボーディスト。1968年度の来日ツアーにも同行していたが、健康上の理由によりベンチャーズを脱退。1980年代に死去。後に、在籍中ドラッグ不法所持が発覚したため解雇されていたことが明らかになった。

 

 

 

author:アットマーク不動産, category:-, 10:20
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福岡空港

8月30日 K太郎と博多にベンチャーズコンサートに行ってきました。

時間が早かったので、旅客機大好きK太郎から、福岡空港に行きたいとせがまれ、見学。

 

https://www.youtube.com/watch?v=BJZOfWyNUB0&t=8s

 

 

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